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NVNニュース 第8号

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NVNニュース 第8号(平成20年3月10日発行)
日蓮宗ビハーラ・ネットワーク
Nichiren-syu Vihara Network
NVN事務局 栃木県栃木市嘉右衛門町11-21 妙唱寺 〒328-0072  Tel 0282-22-3720 Fax 0282-23-6733

 第4回「心といのちの講座」

 平成19年12月4日(火)午後、日蓮宗宗務院4階第4研修室に於いて、日蓮宗生命倫理研究会(日生研)主催、日蓮宗ビハーラ・ネットワーク(NVN)協賛の、第4回「心といのちの講座」が開催されました。
 第4回目となる今回は、『日蓮聖人女性へのお手紙』の著者であり、作家、生活評論家、詩人の永田美穂氏に、「癒すことは癒されること−日蓮大聖人・女性へのお手紙の“世界”」と題して、講演していただきました。
 当日は、NVN会員の他、NVN会員の寺族、全国日蓮宗女性教師の会会員の方等、30名が参加されました。
柴田代表
柴田代表
 はじめに、玄題三唱の後、柴田寛彦NVN代表が挨拶され、「心といのちの講座は、ビハーラ活動の基本にある考え方、仏教的知識を学び合う場であり、今回で4回目を迎えます。第1回から第3回は、輪廻転生観を勉強してきました。心とは、いのちとは、いったい何なのかを勉強してきています。『日蓮聖人・女性への手紙』の中に、法華経を貴くしているのは女性である、女性が存在するが故に、法華経が尊いのだ、という表現がありました。発想が180度ちがうなぁと感じました」と述べられました。
奥田世話人
奥田世話人
 続いて、NVN世話人の奥田正叡師より、永田美穂先生の紹介が行われました。奥田師は、「永田先生は文章を書くことが本職であり、日蓮聖人は文章的にみても師匠だと思っているそうです。また、『自分は何も知らないんだ』ということを原点に文筆活動され、とても言葉を大事にされています。言葉を正しく使うことをモットーに、日本語の専門家を目指しておられます。また先生は多くの習い事を身につけており、今日は様々な角度から楽しいお話がお聞きできることと思います。」と紹介されました。
永田美穂先生
永田美穂先生
 永田美穂先生の講義は90分間行われ、その後15分の休憩を挟んで、50分間の質疑応答がなされました。
受講の様子
 「癒すことは癒されること−日蓮大聖人・女性へのお手紙の“世界”」 
永田美穂氏
 永田美穂先生の講演、質疑応答の抜粋です。
 生と死に関わることが究極の癒しである。仏教者で生と死を考えない人は居ない。日蓮聖人はすごい、生のリアリティがある。久遠の成仏、久遠の仏というのを日蓮宗では大事にしているが、日蓮聖人自体が「親孝行こそが第一の法門である」とおっしゃっている。「癒し」と「癒されること」に関して、親子の関係に勝ることはない。究極の癒しは親子の関係であり、親子の関係は無償の愛である。母子関係、親子関係を大事にしているが、これは仏教の根幹である。
 「王日殿御返事」の王日殿というのは貧しい人だったらしい(身分がはっきりしない)。二百文、三百文というが、少ない額らしいけれども、そういう方からお布施を頂いたということで、日蓮聖人が癒されている。日蓮聖人自身が癒されることが非常に多い。
 舟守弥三郎は、日蓮聖人をまないた岩で救ったけれども、海難だから救うのが当たり前であろう。日蓮聖人は助けられたから癒されたけれども、助けた人も癒された。癒すことと癒されることとは、法施と布施の関係がある。助けた方が、「お坊さん助けて良かった」と癒されている。癒したことが癒されたことの関係となっている。
 片方だけが幸福であることは、真実の癒しではない。力あるものに、やってやる、という考えがある以上は癒しではない。癒すことというのは、癒すチャンスを与えられているということ。与えられる癒しを甘んじて受ける人ほど、相手を癒している。相互の関わりの無いところに、本当の癒しは無い。与える時は与えられる時、受ける時は受けるチャンスを与えられている。受けてもらえることで癒される。
Q.先生の元気の源は何ですか?
A.喧嘩っ早いこと。私憤ではなく公の憤りです。
Q.先生の中に、僧侶に対する理想と現実のギャップがあると思いますが。
A.その人そのもの。良いお坊さんだなと思う人と、そうでない人がいる。世間と同じ、いろんな人が居る。
Q.現在の男女関係についてどう思われますか?
A.ここには、女性だから呼ばれたと思っている。女性だったから、そういうチャンスが与えられたのか、やっていることが認められたからチャンスが与えられたのか。男性と拮抗して片意地を張ることはない。そういうことやっているから馬鹿にされる。女性だから男性だからという気持ちはない。お坊さんこそ、男女は関係ないって言わないと。「そのように其処に生まれた」のであって、男も女も関係ない。女、男、関係ない、自分で意識しているだけです。女性がわざわざ男性ぶる必要はない。女性は女性らしくしておけばよい。
(文責 NVN事務局員 成田東吾)
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 最後に、NVN柴田代表より、「最後のところで、質問に答える形で本質的なことを答えていただいて、共感できるところが多かったと思います。講師としてお呼びするのに、女性ということに拘ったところがあったなあと思いました。講演、質疑応答で得た物が多かったことと思います。」と結ばれました。

平成19年度ビハーラ活動実践講座

 平成20年1月22日(火)、午前10時45分より午後4時まで、日蓮宗宗務院5階講堂において、平成19年度ビハーラ活動実践講座が行われました。これは、平成19年8月27日(月)〜28日(火)に行われた社会教化事業講習会における、『ビハーラ活動のすすめ』を基本編とし、その実践編としての講座として行われました。
 昨年度より、NVN(日蓮宗ビハーラ・ネットワーク)が講座の運営にたずさわっており、教師だけではなく、寺族(寺庭婦人や学生等)の方々も聴講が出来るようにしております。今回は、教師33名、寺族等8名の、41名が参加されました。
 今年度の講座は、NVN代表柴田寛彦師による講義「お見舞いの心得−『千代見草』に聞く」、NVN世話人林妙和師による講義「ビハーラ活動に生かすお見舞いのポイント」と実習、戸澤宗充師による講義「駆け込み寺『サンガ天城』の実践から」が行われました。
 講義に先立ち、梶山寛潮伝道部長導師による法味言上の後、「ビハーラ活動は宗門や社会から求められている大切な活動です。本日の講習会が参加された皆様にとって意義ある講義となり、自らビハーラ活動を実践しさらに周囲にも広めていただくことを御期待致しております」と、ご挨拶を頂きました。
 続いてNVN代表柴田寛彦師より、「ビハーラ活動は生老病死に悩み苦しむ人々と苦しみを共にし、精神的・身体的な苦しみをとり除き、安心が得られるよう支援する活動です。皆様には今日一日有意義な学習をしていただきたいと思います」と挨拶がありました。
受講の様子
 「お見舞いの心得−『千代見草』に聞く」   
柴田寛彦師
 第1講は、柴田寛彦師により、「お見舞いの心得−『千代見草』に聞く」と題して、行われました。
柴田寛彦師
柴田寛彦師
 最初に、「ビハーラ活動の理念と実践」を、パワーポイントを使用して、説明されました。肉体的・精神的・社会的・霊的な4つの「病者の抱く苦痛」や、「死への恐怖と不安」、「宗教に何を求めるか」、「ターミナル・ケアを支える宗教の役割」、「仏教界の対応の問題点」について説明し、「六波羅蜜」「四無量心」「四摂法」を基とした「日蓮宗のビハーラ活動」についての語句の説明を行い、「唯物的生命観から、仏教的霊性の再認識へ」「死のタブー視と無防備から、死への心構えへ」「若さ・健康・長寿から、こころの豊かさへ」「病者・死者から家族・遺族へのいたわりへ」「形式的な葬儀・法要から、共に霊山往詣するための葬儀・法要へ」「儀式のための宗教から、抜苦与楽のための宗教へ」「厳しさ・重苦しさから、よろこび・はげまし・やすらぎ・安心へ」と、ビハーラ活動を通して死生観の再構築が必要であると話されました。
 続いて、お見舞いに行くときのグッズとして、「カード型お守り」やタオル、『み仏のはからい』『老いてこそ』という小冊子やパンフレット等を紹介されました。
 その後、柴田寛彦師が編集された、心性院日遠上人の著作と言われている『千代見草』の現代語訳を読み進めながら、「看病の心得と臨終行儀」についてお話しされました。
 「伝日遠『千代見草』に聞く 看病の心得と臨終行儀」(柴田寛彦師編集)を基にした、柴田師の講義の抜粋を以下に記します。
 「序」には、「昔も今も、人の身の上に起こる死には知り顔にしていながら、いざ我が身にもふりかかるものであることは心得ぬのが常であります。」と書かれてあります。
 『千代見草「上」』の「一、無常の世」には、「もう一度、自分の心を見つめ直しなさい」ということが書かれているであろうし、「自分も他人も、世のはかなさに驚いて、あらかじめ臨終の用意をしておくべきであります。」と書かれてあります。
 「二、臨終の用意としての十戒」には、「殺生・盗み・邪淫・妄語・大酒を飲む・説四衆過悪罪・自讃毀他・慳貪・瞋恚・誹謗三宝」という「十種類の大きな心のゆがみを直すべきであります。」と書かれてあります。
 『千代見草「下」』の「二、看病の心得」に於いては、「一、家を出ざるべし」として、「父母や伴侶の病を自らの手で看病する人は、死が間近に迫ったときには、いかに孝順の心から身近を離れがたくても、僧侶とか、あるいは俗人であっても臨終の心得のある志のある人に看病を委ね、自分は家を離れないようにするべきです。これこそが最大の孝順です。」と書いてあります。
 また、「二、恩愛執着を絶つべし」には、恩愛執着を離れるように導かなければならないのであり、『経律異相』には、最期の最後の時に身近な人が執着を与えてはならない、ということが書かれてあります。
 「四、末期には薬を止めるべし」というところは、末期医療のあり方に通じるものでありましょう。
 「十四、見舞いの心得」には、見舞い人の「元気」と病人の「病気」の「気」を合わせて話をする心がけが必要であるということが書かれてあり、これは、ビハーラ活動に参考になるでありましょう。
 「ビハーラ活動に生かすお見舞いのポイント」   
林 妙和師
 第2講は、林妙和師により、「ビハーラ活動に生かすお見舞いのポイント」と題して、行われました。
林 妙和師
林 妙和師
 最初に、パワーポイントを使って、お見舞いのための予備知識として、病む人の心理・社会的特性や、病む人の心の動きを理解するための事項等を説明し、まずはコミュニケーション能力が必要であると話されました。次いで、QOLの向上を目指すために、痛み(苦痛)を理解して、痛みの緩和(我慢させない)が必要である。そして、お見舞いのポイントとしては、本人だけでなく家族にも全人的な痛みがあり、心のケアが重要である、と話されました。また、認知症についても話をされ、認知症は早期診断・治療・適切なケアが必要である。その中で、認知症をよく理解するための法則として、「より身近な者に対して認知症の症状が強くでる」「自分にとって不利なことは認めない」「感情は残っている」「正常な部分と認知症として理解すべき部分が混在する」等を示し、「説得や否定をしない。言動にとらわれず、相手を認め受容する。自尊心を傷つけない。」ことが大切であると説明されました。
 高齢者のお見舞いのポイントとしては、「先入観で接しない。日常生活の様子をよく観察する。」ことが重要であるとし、身体的、心理的な面とその人を取り巻く家族や友人・仲間などの人的環境と、家屋構造や住環境などの物理的環境についても観察し、支援することが必要であると話されました。
金 朋子氏
金 朋子氏
 その後、写真を交えて事例を紹介され、最後に、ビハーラ活動・お見舞いは、地道ではあるけれども小さな種まきから、いつかお題目の花が開く、とまとめられました。
 講義に続いて、老人保健施設アウンの金朋子氏(介護福祉士)による実習が行われました。
実習の様子
実習の様子
 先ずは、紙コップにつがれた水を隣の人に飲ませてもらうことによって、如何に自分の思うようにしてもらうことが難しいかということを体験してもらいました。そして、紙コップに切り目を少し入れることによって、飲み易くなるということも実習しました。
実習の様子
実習の様子
 また、坐っている人の額に人差し指を当てているだけで立ち上がることが難しくなったり、真上に持ち上げようとするとなかなか持ち上げられないということを実際に見てもらい、人の動きに合わせた介護方法を採ることでスムースに介護することができるということを実習されました。
 75分という短い時間で、講義と実習を行わなわなければならなかったので、消化不良となってしまったようでもありました。
 また、希望者に対しては、休憩時間を利用して、高齢者疑似体験の実習も行われました。
 「駆け込み寺『サンガ天城』の実践から」   
戸澤宗充師
 第3講は、戸澤宗充師により、「駆け込み寺『サンガ天城』の実践から」と題して、行われました。
戸澤宗充師
戸澤宗充師
 戸澤師は、33歳のときに夫を交通事故で失い、二人の子どもを養育した後、46歳で出家し、2003年8月、68歳のときに「駆け込み寺『サンガ天城』」を設立されました。「さまざまな事情で厳しい生活から抜け出せないでいる女性たちの役に立ちたい」との思いからとのことでした。
 設立時の苦労談に続き、自殺願望の女性、DVにより離婚後うつ病になり所持金が殆ど無い女性、両親から愛された記憶がないという30代の女性の事例などを通し、如何に女性たちと向き合い、立ち直らせてきたかを具体的に紹介されました。彼女たちは「一人」であり、迷っているうちに心を病んできてしまったのであり、共に歩んでくれる人が必要であるから手をさしのべるのであり、其処まで手をさしのべてあげて初めて僧侶としての仕事が納得できると話されました。
 「病は道心を起こし候か」「妙とは蘇生の義なり」「蘇生とは甦ることなり」という言葉があるが、彼女たちが自立できたときに初めて、この言葉が活きてくる、彼女たちが甦らない限り、お祖師さまの言葉として活きていない、生きている喜びを感じて、はじめてこの言葉が活きてくると話されました。
戸澤宗充師の本
 『サンガ天城』を作ったのは、不軽菩薩の行をさせていただいているのであり、罪障消滅のために『サンガ天城』という場を与えていただいたと結ばれました。
 戸澤師は、「あなたが生きている理由」−平成の駆け込み寺・人生相談−という本を書かれており、本を売ることによって支えにもなると話しておられました。
(日蓮宗新聞社にて取り扱っております)
 質疑応答 
質問者: 『千代見草』について、現代の医療から見て、ここのところは注意すべき処だというのはありますか?
柴田師: この文章がこのまま世間に出ていったら問題になるなと思っています。心していないといけないですが、宗教的観点から見ると、このままで良いと思います
質問者: 『サンガ天城』の経営状態は?
戸澤師:
質疑応答回答者
経営は成り立ちません。総て布施であります。自分の家で生活するのにも生活費はかかりますから、払える人は払ってもらう、払えない人は払えるようになったら払ってもらう、生活保護を受けている人でも1日1500円は払ってもらうという状況です。多くの人の場合は親が送ってきますが、どうしても払えない人は養っています。
質問者: 統合失調症の方は?
戸澤師: 統合失調症だけは無理です。入院させました。
質問者: 坊さんの格好していくと嫌われるということを聞きますが、そういうことはありませんか?
林師: 私の施設では道服・輪袈裟は日常的です。病院・施設によっては嫌うところもあります。
 閉会式 
修了証授与
修了証授与
 梶山伝道部長導師による日月偈の後、受講者代表に修了証が渡されました。今回、寺族に対してもビハーラ活動実践講座の修了証がNVNから渡されることになりました。
梶山伝道部長
梶山伝道部長
 その後、梶山伝道部長より、「ご自身が生かすだけではなく、周りの方々にお広め下さい。」と、ご挨拶を頂きました。
 続いて、NVN柴田代表より、「横浜で行われた全仏大会での分散会の中で、生命倫理をどう考えるかというのがあり、『臓器脳死移植をどうするか』と、『実際の処、具体的にどのように僧侶が活動していくか』という大きな2つの議論がありました。そこで、日蓮宗のビハーラ活動について資料を配付して説明したところ、地道に活動しているなという感想を頂きました。本日の講習内容を、お持ち帰り頂いて、具体的な活動に結びつけて頂きたいと思います。お坊さんが、どう一歩を踏み出すか、理論はさておき、一歩近づいてみることが必要だと思います。日蓮宗は走りながら考えます。ぜひ走り出してほしい。」と結ばれました。

ビハーラ活動実践講座の感想文 

 始めての参加でしたので、聞くこと全てが新鮮でした。各講師のお上人方の講話は、私にとって「もっと早く知っていれば」ということが多かったです。
 柴田上人の『千代見草』の中の【臨終の用意(十戒)】は内容をメモしながら聴講していましたが、一度聞いただけで理解できるものではありません。何度も繰り返し読まなければと思いました。
 林上人の講義内容については、知らないことの恐ろしさを痛感しました。これからお檀家さんのお見舞いも増えると思います。知らずに行くほど失礼なことはありません。今回知れたことに感謝いたしますが、例えば真っ暗いなかで「資料に載せてますので後で確認してください。」と言われてもどこに書いてあるかわからず、結局何を言いたいのかわかりませんでした。実践講習は、身近なもので介護用品ができるということに驚き、実際に利用したいと思いました。
 戸澤上人の『駆け込み寺』については本で知っておりました。なかなか実践できることではありません。しかし、住職といつも話しているのですが、お寺は元々誰でも来れる場所であり、相談できる場所だと思っております。普段からお檀家さんと距離の近い、地域の方々とお話をする機会の多い寺庭婦人が、戸澤上人のように【生】の苦しみから解放する手立てを一番理解していなくてはいけないように思いました。
 以上が講習会についての感想ですが、実際はどうかというと、寺庭婦人の講習会は少ないように思います。過日寺庭婦人代表者会議に出席させて頂いた時に来られてたお上人皆さんが「これからは寺庭婦人の皆さんがもっと前に出て下さい。」とは言いながら、その機会が少なすぎるのが現実ではないでしょうか。
受講の様子
 私は今回講習会に参加させて頂き、是非会員になりたいと思いました。しかし、NVNの活動を知らない寺庭婦人も多いと思います。私はいまの時代にとても大切な活動をしている団体と思っております。
 是非、寺庭婦人にもおろし、寺庭婦人対象の講習の場を作って頂きたいと思いました。やはり、教師の方々と一緒だと専門用語が出てよくわからないことが多かったように思います。当然お上人でないと出来ない活動があるのは存じております。しかし、寺庭婦人だからこそ出来るビハーラ活動を教えて頂きたいです。
 今回参加されてた他の寺庭婦人の方も、普段ただお寺にいるだけでなく、色々勉強して、檀家さんとのお話に役立てたいとおっしゃってました。
私にもできるカウンセリングまる6
〜相談時間はどのくらい?〜
渡部公容  
時計イラスト
 一口に「相談」といってもいろいろな種類の相談がありますから、その性格によって所要時間は異なりますが、一般にカウンセリングの場合には通常1回につき60分程度を目安に行い、それを継続していくことになります。
 カウンセリングでは、相談時間というものを前もってクライアントに伝えてから開始することが大切です。時間を決めて行うことによりカウンセラー(聴き手)は、その時間の中で集中してクライアントの話に耳を傾けることができ、それは余裕のある傾聴姿勢へとつながっていくことになります。またクライアントのほうもある程度の時間を知らされているほうが話を展開していくうえで都合がよいといえるでしょう。
 また1回の相談時間をなぜ60分程度にするのかといえば、相談ごと、特に相手の話を聴く(=傾聴)というのはたいへんにエネルギーを消耗する仕事であるからです。相手の話に集中するには、気力、体力も必要で、更に緊張感を持続する限界を考えれば60分程度がその限界ではないでしょうか。たとえば小学校の授業時間は45分、中学校は50分、大学になると90分、講演会などでも90分という時間配分が一般的ですが、これも聴く側の注意の集中力を考えれば当然のことかもしれません。
 このようにカウンセリングにおいては1回の相談時間を60分と定めて行いますが、ただ初回の相談においては多少事情が異なります。初回面接では、たとえば申込書に記入したり、来談に至る経過を尋ねたりなどの事務的な手続きに時間を取られることになりますので、もう少し長い時間になってしまうことはやむを得ません。
 実際にお寺で相談を行う時には、たとえば前回は多忙で20分しか時間が取れなかったので今回は2時間‥というのでは困ります。コンスタントに60分ペースを作っていくことが大切です。

「日蓮宗医師会」(仮称)について

 「日蓮宗医師会」(仮称)設立に向けて、設立準備事務局より、NVN会員の方々にアンケートを取らせて頂きたいと思います。ご協力くださいますよう、よろしくお願い致します。
ビハーラグッズ
お見舞い用タオル
カードサイズお守り
お見舞い用タオル カードサイズお守り (赤)





単価220円、タオルは50部より注文可能
  編集後記 
NVNニュース第8号をお届けいたします。なんとか年2回発行をすることができました。
NVNウェブサイト(http://www.nvn.cc/)に、講演録や資料等を掲載しております。どうぞ、ご活用下さい。
ご意見、ご感想をお待ちしております。
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