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NVNニュース 第16号

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NVNニュース 第16号(平成25年10月1日発行)
日蓮宗ビハーラ・ネットワーク
Nichiren-syu Vihara Network
NVN事務局 香川県丸亀市南条町9番地1 宗泉寺
〒763-0046 Tel 070-5680-3447 Fax 020-4664-6973

平成25年度NVN総会

 平成25年5月27日(月)、日蓮宗宗務院に於いて、NVN(日蓮宗ビハーラ・ネットワーク)の平成25年度総会が会員32名の参加にて開催されました。
中井本秀師
 中井本秀伝道部長より、NVNへの助成金50万円が手渡され、「伝道部の立場としてNVNの活動は非常に重要なことであるという認識は変わり有りません。仏教の本来に沿っている活動であり、仏教の歴史から見ると主流の活動であります。これからもビハーラ活動を推進、広めて頂いて、仏教徒、日蓮宗徒としての誇りを更に強めて活動して頂きたい。」と、ご挨拶を頂きました。
柴田寛彦師
 続いて、柴田寛彦世話人代表より挨拶があり、その中で、「高齢者で近親者を亡くされて一人暮らしになった方のケアをどうすればよいか、ビハーラ活動の根幹に関わる、しかも学術的な研究を、活動計画に入れたい。NVNの活動が裾野を広げつつある。ありがたいことです。」と述べられました。
美ノ谷新子先生
 事務局一任にて山口裕光師(NVN世話人)が議長に選出され、議事が進行しました。平成24年度活動報告・決算報告・会計監査報告が承認され、平成25年度活動計画(案)・予算(案)では、活動計画に「被災地支援活動」が追加され、「『同居近親者死別による独居高齢者の生活と健康の変化』調査協力」が盛り込まれました。
 この調査協力については、順天堂大学美ノ谷新子教授より、昨年度NVN会員の教師の方159名に協力を依頼し、41件の回答のうち19件から協力可能という回答を頂いて、今年度第2次調査に入る、ということが説明されました。
 質疑応答では、林妙和師(NVN世話人)より、「実践講座が中央で行われなくり、地方で開催することになる。ビハーラ活動実践講座を受けられてNVN会員になられた方が多々地元では活動されている。会員の方の人材を活用する為に、登録制度を設けるなど、得意分野、取得資格などを登録して、本部から派遣する講師と併せて充実した講座が出来るようにして頂ければ。」と、人材バンク的(自薦・他薦)なものを作ってはどうかという提案があり、承認されました。
 また、「ビハーラ講座開催費はどのように使われるのか」という質問があり、「地方でのビハーラ講座開催については、開催する地方で費用が賄えれば良いが、講師が多いと費用がかかる。その時にNVNから支援が出来るように用意しておこうということです。」と説明されました。「全国社教総会費5万では少ないのではないか。全国社教総会に執行部が出席してビハーラ講座の説明をして頂ければ。」という意見も出されました。
 活動計画(案)・予算(案)共に承認されました。
 今年は3年に一度の世話人改選の年でした。事務局より、今まで通り柴田寛彦師、古河良晧師、渡部公容師、山口裕光師、奥田正叡師、今田忠彰師、林妙和師、近澤雅昭師、藤塚義誠師、持田貫信師、村瀬正光師の10名を推薦し、加えて高平妙心師(大田区妙楽結社教導)、成田東吾師(香川県宗泉寺修徒)が世話人に推薦され、拍手で以て承認されました。

新世話人代表 今田忠彰師

今田忠彰師
 柴田世話人代表より、「新しい世話人が改選され、世話人の中で今田忠彰師に新しい代表になって頂くことになりました。今田師は、第1回目にビハーラ講習会を受けて、ビハーラをライフワークにされている人です。」と紹介され、今田忠彰新世話人代表は、「世話人の方が皆さん残ってやって下さる。蟹江先生、柴田先生と同じ事は出来ない。第二世代、第三世代に伝わっていく橋渡しをするという考え方で進めていきたい。人類の半分は女性ですから、女性教師の活躍が広がって欲しい。世話人・事務局の方々に女性が入って頂いて活躍していって欲しい。よろしくお願い致します。」と挨拶されました。
 また、柴田前世話人代表は、「私たちはビハーラ活動、NVNを立ち上げた第一世代になる。そこから出てきた第二世代が、次に続けていって頂ければ。」と話されました。
 併せて事務局体制も変更され、成田東吾事務局長、三井妙真会計となり、事務局は香川県丸亀市南条町9−1宗泉寺内(〒763−0046、電話070−5680−3447、FAX020−4664−6973)となりました。またグッズセンターも東京都港区六本木6−7−18法典寺内(〒106−0032、電話090−9822−2222、FAX020−4665−7289)に移動しました。
 新しい体制のNVNを、よろしくお願い致します。

平成25年度総会記念講演

「緩和ケア医療のめざすところ−婦人科がん治療に携わってきた経験から−」
 総会に引き続き、記念講演が行われました。今回は、平成24年度ビハーラ活動実践講座を受講されNVN会員になられた、黒部市民病院副院長、産婦人科部長、緩和ケア科部長、富山大学医学部附属病院産婦人科診療教授であり、富山県妙輪寺住職でもある日高隆雄先生をお迎えして、「緩和ケア医療のめざすところ−婦人科がん治療に携わってきた経験から−」と題して講演して頂きました。
 以下、講演内容の要約を報告します。

帯帯帯

日高隆雄師師
自己紹介
 鹿児島県生まれで、中高はカトリック系の一貫教育でしたが、ほぼ無宗教状態で育ちました。18才で東京に出て学業以外に興味が湧きすぎて色々なことがありました。その時交際していた女性が富山のお寺の娘さんで、先代の住職の寺に帰りましたが、その後を追って富山に来て30年近く住んでいます。ホテルでの通常の結婚式と同時に、寺で盛大な仏式での結婚式があり、檀信徒の方が「万歳!」「若様!」という感じで、もの凄いプレッシャーを感じました。
 それから産婦人科医として20年やってきて、お寺の手伝いはしてきましたが修行には行けずにいて、先代住職が亡くなって、寺を手伝ってくれていた庵主さんが代務住職になりました。檀信徒の方々もだんだん不安になってきたという話が耳に入ってきて、何としてもやるしかないということで、日蓮宗教師として勉強させて頂くこととなりました。
 お坊さんになったということで、「ゆりかごから墓場まで」を一通り見られる状況となりました。

がん治療と副作用
 がんは病気でしょうか、老化でしょうか。昔はがんは少なかったですが、高齢になったことでがんが増えました。その前にいろいろな感染症、栄養状態不良などで殆どの人が死んでいきました。長く生きると遺伝子損傷が増える、発がんするリスクが増えるということです。がん以外の病気で亡くなった人の多くが、がんを併発しています。がんで亡くなる人が1位となって30%を越えています。
 「がん」という言葉から想起することは、進行すれば死に至る疾患である、不治の病、死の宣告、最後通告というイメージが普通ですし、がんの初期治療を行ったあとも再発・転移するのではないかという恐れ、転移という診断を受けると「後どれだけ命があるのだろうか」という不安感、治療が長期化しますので先が見えない治療、先が見えない医療費ということがあります。女性の場合ですと、がんになるのが50才前後で増えて来ますので、主婦として家庭の中心として頑張っている世代ですし、富山県の場合ですと共働きの家庭が非常に多いですから、家計をかなりサポートしている主婦が、いきなりがんという立場になりますと、収入が無くなって逆に医療費がかかり、家族に迷惑をかけているというストレスになっているという訴えを聞きます。
 女性特有の子宮頸がんは、子どもが2、3人居る場合はそうでもありませんが、若くして子宮を取ってしまわなければならない場合は非常なストレスを感じます。子宮は取ってしまうと子供が産めなくなることが最大の副作用で、それ以外の副作用はありません。子宮を取る時に一緒に卵巣を取ってしまうと、一気に更年期になるので体調を崩します。子宮喪失症候群以外には問題は起こりませんが、医療費の問題や、残された家族はどうしようかという様々な問題が出てきます。
 子宮頸がんは減ってきていますが、子宮体がんは増えて来ています。卵巣がんは増えています。これらは欧米化やライフスタイルの変化が原因と言われています。
 婦人科がんの進行期を捉えることで大雑把に予後を診断します。指標になるという意味で進行期があります。T期は現場に留まっている、U期は現場から離れてちょっとはみ出てきた、V期は腹腔内まできた、W期は腹腔内を越えてもっと遠くまで移った、というイメージで考えて貰えれば良いかと思います。胃がんとかは5年生存して再発がなければ一応完治したと言われますが、婦人科の場合は5年過ぎても安心は出来ませんが一応大旨治ったと言われるのが5年生存率です。5年生存率は、I期は90%、W期は25%〜10%です。初期の段階で捕まえれば殆ど治るわけですが、卵巣がんは初期の段階で捕まえるのは非常に難しいのでV期くらいの人が多く、5年生存率30%という低いレベルからの治療スタートが想定され、かなり厳しい状況です。
 がん治療は、手術、抗がん剤、放射線療法という、がんに対する攻撃的治療を行ってきました。それぞれに色々な問題があり、抗がん剤は消化器機能、免疫機能を低下させ長生きするのに影響します。ひたすら病巣を攻撃するというのが西洋的医学の治療ですが、副作用もあります。
 抗がん剤を受けた患者の苦痛は、以前は嘔吐が多く1位でしたが、良い薬が出来て抑制されてきて1993年には9位と嘔吐はコントロール出来るようになってきました。家族への影響とか周りのことを心配することが増えて来ています。
 がん治療に伴う副作用対策は極めて重要な課題となっています。がん患者のQOL(生活の質)、ADL(日常生活の動作)が低下し、体力・気力が低下して、治療が旨くいかない、がんの治りにも影響してきます。
 西洋医学的な攻撃的治療で、がんのキュア(cure、治療する)をやってきました。多くの医師はキュアだけで、どういう治療が良いのかを考えて、副作用が出てもがんをやっつけるためだから諦めなさいという時代もありました。ここ十数年になって、ケア(care、世話をする)の大切さが分かってきて対策がクローズアップされてきました。ケアの講義を受けたこともなく、患者さんと付き合いながら勉強しなさいという感じでした。志を持って勉強すればよいのですが、最近の医療はキュアだけでもついて行けないくらい新しい知識がどんどん出てきますのに、特に若い医師はケアの重要性は知ってはいても実践まではいっていません。医療者にも倫理的、哲学的、宗教的な素質が必要であると痛感しています。
 「青空の会」といって、婦人科がんの患者さんを集めて、年1回の同窓会、患者さん同士の親睦をしたり、また頑張って来年会おう、お互いに元気をもらおうという会をやってきました。
 そのアンケート調査をみますと、次のような意見があります。
1.がんの手術後は術後ケアが必須であるが、連携含めその体制が機能していない。
2.患者の心のケアにも注意を払った医療が十分なされているといえない。
3. がん情報の中に、術後および再発・転移後の治療に関する情報が不十分である。
4.がんの治療成績も大事だが、「がん治療が個々の患者にとって本当によかったのかどうか」、「根治をめざすことも大変重要だが、最後まで患者の生活レベル(QOL)を高く保つことができたか」も重視してほしい。
 そもそも心のケアは大事だと思っていても教育を受けていないので、本当の志のある医師しか出来ない状況です。標準的治療というガイドラインが記載されていて逆にガイドラインに縛られているという状況で、一定のスタンダードな治療を提供をするという意味では重要なガイドラインですが、患者さんの背景とか全く考えずに教科書通りに治療しようとする医師が増えてきて、個々の患者を診ていないという状況が生じて非常に問題となっています。若い医師はガイドラインを熟知して書いてあることが全てだと思っていて、患者さん個々の状況を気付かない医師が増えているという印象を持っています。私自身も若い医師にそれではいけないということを教育している状況です。
 「青空の会」で取り扱って欲しいテーマ・質問ですが、「抗がん剤治療、がん治療の副作用、緩和医療・心のケア」というのを非常に気にしておられます。患者さんの関心事を、何とか少しでも理解して疑問点を解決して頂こうと、毎年こういうテーマを勉強会として次の年度にフィードバックしています。
 厚生労働省も「がん治療に関する政策」として「がん対策基本法」を2007年4月1日に施行しています。「がん患者の置かれている状況に応じ、本人の意向を十分尊重してがんの治療方法等が選択されるようがん医療を提供する体制の整備がなされること」(第2条)「がん患者の状況に応じて疼痛等の緩和を目的とする医療が早期から適切に行われるようにすること(がん患者の療養生活の質の維持向上)」(第16条)という項目があります。具体的な「がん対策推進基本計画」が厚生労働省から公表されましたが、重点的に取り組むべき課題として「放射線療法及び化学療法の推進並びにこれらを専門的に行う医師等の育成」「治療の初期段階からの緩和ケアの実施」というのが提起されています。
 緩和ケアは、すべてのがん診療に携わる医師が研修等により基本的な知識を習得しなければならないのですが、緩和ケア研修は本当に身についているかと言うと疑問で、取り敢えず受けておけば良いという医師も結構多く、実際にも土日2日間の講習を受ければ緩和ケアの講習を受けたという証明になるので、一旦取った人も二次的に講習を受けてステップアップしなければならないというのが問題になっています。

がんの告知について
 がん患者にとって悪い知らせとは、「病名や病状」「再発(がんの診断時よりも再発の時がショック)」「余命の告知」「治療効果がない、もしくは有効な治療法が残っていないとの説明」「遠隔転移しているとの説明」「終末期もしくは緩和ケアへの移行の説明」などがあります。終末期もしくは緩和ケアしかないという知らせを如何に患者さん自身に克服して頂くかというのも課題です。
 患者さんに説明する時には、オンコロジーナース(がん専門看護師)や心理療法士等多くの人に立ち会って頂き、サポーターはこんなに沢山いるんだという体制を見せながら説明してますが、悪い知らせにはストレスを感じています。
 「告知をしてもらいたいか?」という緩和ケア研究のアンケートでは、「治る見込みがあってもなくても、知りたい」という人は75%程度です。家族に当てはめると、「もし奥さんががんで数ヶ月という場合、本人に事実を知らせたいですか?」というと50%〜40%に下がってしまいます。本人は知りたくても家族の立場が違うと、患者さんに説明していく上で難しい問題が出てきます。
 進行がんの告知率は、欧米の8割から9割に迫る現実に比べて日本は現在でも半分にも満たないという状況で、医療者も、告知していいのかどうかという問題もありますが、告知を避けているという医師も結構多いです。
 残りわずかと思われる患者さんに「治療方法を聞いていますか?」と尋ねると、がん治療に中途半端な期待を与えている医師もいて、残された大切な時間を無駄に過ごしているという状況も何度も経験しました。
 がん告知の目的と必要性ですが、前提条件として、1.告知の目的がはっきりしていること、2.患者・家族に需要能力があること、3.医師およびその他の医療従事者と患者・家族との関係がよいこと、4.告知後の患者の身体的・精神的ケアができること、を挙げています。しかしながら、告知後の精神的ケアは出来ないという医師の方が多いという現状です。必要性としては、1.患者は真実を知る権利がある、2.辛い治療に絶えるためには告知に基づき納得した上で治療方針への患者自身の参加、3.今後の生き方を考える、4.医療訴訟の問題、があります。患者さんの背景、家族の背景を熟知した上で告知をしないと問題も起こります。良好な関係があった上でこその告知だということです。従来は患者さんの家族にだけがんの告知をして、医師のウソの説明のもとで治療をしていました。しかし患者さん自身は「信頼出来る主治医から聞きたい」と言われ、私自身も基本的にはがんの告知は行うべきだというスタンスで、ほぼ100%話をしています。医師−患者の信頼関係のもとに、ゆっくりと時間をかけて話をしています。告知も重要ですが、告知後の患者のサポートがもっと重要だということです。現実的にはかなり大変な作業となります。
 がん告知されると、否定→怒り→取引→絶望→受容、という状況を経るわけですが、がんの告知をしてから、立ち上がるまでに2〜4週間かかります。1ヶ月も待つと患者さんの病状がかなり進行してしまいますので、この2〜4週間を如何に短く出来るか、日常生活に支障の無い治療を頑張ろうという気にさせるために患者さんの元に何度も何度も通って、医師−患者間の関係を構築するのが重要だと考えています。

がん患者の苦痛と緩和ケア
 がん患者の70%は痛みを持っています。身体的苦痛、精神的苦痛、社会的苦痛、霊的苦痛と言われています。この中で社会的苦痛、霊的苦痛は宗教的な知識を持っている人でないとなかなか対応できません。医師は避けて通るところです。
 「死期が近い場合の不安や心配ごとは何ですか?」という質問に対して、「病気が悪化するにつれ、痛みや苦しみがあるのではないかということ」、「家族や親友と分かれなければならないこと」、「残された家族に対する思い」が主要な心配事です。痛みや苦しみに対してはモルヒネとか神経ブロックとか麻酔科のテクニックを駆使して何とかなることが多いのですが、家族との別離とか不安感というのは難しい問題です。
 「緩和ケア」は、これ以上治療の見込みがないとされている末期の患者に対するケアだと思っている医者が今でも多いです。患者さん自身も「あそこに行ったら終わりだ」「死ぬのを待つだけだ」という誤解を持つ患者さんもいっぱいいます。がん治療に伴うさまざまな苦痛のケアをやるのが緩和ケアだと、それは初期の段階からやるんだと、患者さん自身の病気だけではなく、看病する家族も含めて、その環境も含めて全てをやるというのが緩和ケアだという意識改革を私たちも一所懸命しています。
 痛みだけではなく精神的苦痛も含めて患者さんの苦痛は当たり前です。それは看護する家族にとっても負担になります。治療にも支障を来します。緩和ケアチームが主治医と共に協力してやっていくということで、がん治療が少しでも楽に継続出来るように、その人らしく生活が送れるようにサポートするのが緩和ケアです。
 緩和ケアチームのサポートチームのメンバーとしては、医師はもちろん看護師(今はがん専門看護師もいます)、こういう医療者、それから心のケアをする心理療法士、日常生活のリハビリに関する理学療法士、メディカルソーシャルワーカー(結構重要で、お家に帰りたいという人のために、自宅で支援できないかとか、見取りまで支援出来ないかと考えてくれる)、薬剤師、栄養士、ボランティアや宗教家というところです。
 患者さんと家族を主人公にして、連携して、みんなが協力するということが大事で、心の痛みのケアというのは、がんサポートのボランティアや、常に死というものを意識して仕事をしている宗教家というのが大事なところだと考えています。
 従来のがん治療は緩和ケアでパッと切って、最後通牒、もう終わりだという合図でした。今は初期から患者さんの状態に応じて緩和ケアをするということが重要です。最近では、遺族のケア(グリーフケア)も重要です。早期からの緩和ケアはQOLを改善するだけでなく、生存期間も延長します。
 宗教との問題がありますが、精神的安らぎ、心の平安、死への準備、身体的・精神的つらさへの傾聴と共感、それに対して優しさ、温かさをもってそばに寄りそうというのは、みなさんが日々やっておられることですし、亡くなった後の家族に対するグリーフケアも、考えてみれば本来の務めとして日々やっていることです。こういうスピリチュアルなケア等は医師に任せていてはダメだということが言えるかと思います。
 「死に直面した時、宗教は心の支えになるか?」というアンケートで、調査対象の80%は特定の宗教の信仰を持たない、むしろ無宗教の人を対象としたアンケートで、宗教は支えになるという人が54.8%と過半数を示していたという2012年のデータです。4年前の2008年には40%位だったのが15%程増えています。若い人も含めて、そういう意見が増えています。ちょうど間に東日本大震災があり宗教家が現地に趣いて、いろいろ弔いとかグリーフケアに活躍したという報道も多かったので、その影響も多いかと分析されています。

記憶に残る婦人科がん症例
《症例1》
 55才の女性、卵巣がん。お腹の中が、がんだらけになって食事もまともに食べられない状態。夫と2人暮らしで20代の息子2人。卵巣がんの手術、がんが広がっている割には抗がん剤が効かない。こういう場合は、かなり悲劇的ながんの進展を示してしまうことが多いです。抗がん剤をいくつか試しても効かない。進行した人は重篤な副作用が出現します。命に関わる副作用があって抗がん剤治療は命を短くするという説明をしました。抗がん剤が効かないということは内々駄目かなと思っているわけですが、医師からこういう説明を受けますと、「治療中止ということは私は死ぬということですか」という質問が出てきます。悪い知らせを聞いたときの心の状況が出てきます。
 1週間後、旦那さんから、残された時間が短いのであれば、新たな治療に望みが無いのであれば、病名を告知して欲しいと言われました。奥さんに対して残された時間を有意義に大切に使って欲しい、自分自身も妻の死を受け入れて下手に元気づけることなく残された時間をしっかりと生きて行くんだという強い意思表明がありまして、患者さんに余命は3ヶ月である、緩和ケアチームで最大のサポートをしますよ、と約束をさせて頂きました。Best Support Care(最大のサポートをするケア)を開始します。
 余命を告知しますと、患者さん自身も頭の中真っ白、余命3ヶ月と言われてその短さにも愕然としますし、数日して家で過ごしたいと仰いました。
 緩和ケアチームを総動員しまして、それに対するサポートを開始しました。旦那さんは介護休暇を取得してずっと付いているという体制を取りました。
 患者さん自身の希望は、長男が京都の人と結婚をするということで、結納をきちんとするのが自分の務めだと9月に予定していた結納を3月に変更して、結婚式場も病院の近くに変更しました。それと次男の卒業式に出たいという希望がありましたので、京都への結納と次男の卒業式参加を目標として、何とか設定しました。
 自宅に帰った時に、訪問看護師が午前午後と訪問して、やや表情が柔らかになって、台所に立って料理を作ったり、韓国ドラマを見たり、自分が綺麗に作ってきた庭を眺めたりしていました。妻として母として少しは思い出に残せたかも知れないと言われました。
 4月に結婚式ということになりまして、4日前に体調管理のために入院して、式当日は綺麗に化粧して点滴も全部外してモルヒネを持参して、家族と一緒に結婚式場に行かれました。結婚式も無事に終了して、結婚式から帰ってから入院継続し、疲れていますから小康状態が続いていました。
 まだまだやりたいことはあるけれども最低限の目標は達成しましたと言っていました。目標がなくなると気力が失せるのか、逆にがんの進行が加速度的に進行するということがあります。新たな目標をつくらなければと言っていましたが、8日後から悪化してしてきまして、亡くなられました。
 この方の場合、告知したことで、様々な緩和ケアチームがサポートしました。出来る事なら2週間位で連絡を取ってお経をあげさせて頂くのですが、その時旦那さんは、「亡くなったのは残念ですが出来るだけのことはしてあげたし、本人も満足して逝った」ということで、グリーフケアの一端をすることができました。

《症例2》
 38才、子宮頸がん。旦那さんと2人暮らし。35才から不妊治療を受けていまして、やっと体外受精で妊娠して、ところが初期の子宮がん検診で、がんが見つかりました。更にリンパ節にも転移していましたので、妊娠初期の赤ちゃんがいましたが子宮を取らなければならないという話をした時に、本人は「何としても妊娠を継続したい。子供を授かるのであれば、私の命がどうなっても良いから」と言われました。
 リンパ節に転移している状況で妊娠継続しますと、妊婦さんは血流が非常に豊富な状況になっていますので、ますますリンパ転移、血液転移が増長します。また赤ちゃんは本人に取って異物ですから母胎は自分の免疫力を落とします。免疫力を落とすということは、がんにも好き放題暴れて下さいということにもなりますので、がんを手術しなければならないし、10週ですので赤ちゃんの救出はとても無理でした。
 妊娠継続出来ないことはとてもショックでした。旦那さんはうつむいて押し黙ったままでした。「長い不妊治療を乗り越えてやっと出来た子供なのに」「檀那さんや義理のお父さん、お母さんに対して申し訳ない」と、長い不妊治療であればあるほど、自分はこの家に嫁いできて遺伝子を次の代に渡すことが出来ないのは嫁として失格ではないかという気持ちが出てきます。「テレビでは同じ様なこと聞いたことがあるけど、まさか自分がこんなことになるなんて」とか「子宮がん検診をきちんと受けていればこんなことにならなかったかも」とか色々な後悔も出てきます。
 1週間後に話し合いをしまして、「自分の病気に関しては寝ずにネットで調べました」「妊娠の継続は自分の命にかかわるとことはわかりました」「でもやっぱり、夫に申し訳なくて、子宮をとってくださいとは簡単には言えない」「赤ちゃんにはかわいそうだし子供を産めない身体になるのは悲しいけど私は生きたい、離縁されてもしょうがない」ということでしたが、旦那さんが「妻の命が大事です、手術してください」と言われまして、「ありがとう、ありがとう」と涙涙でした。
 手術しまして、がんは治りましたが、産婦人科病棟は一方は産科でお祭りみたいに「おめでとう」と言っていますが、一方では同じフロアに婦人科があり、そういうのを見るのは本当に辛いということもありますし、子宮を取ったことで「あなたは子供を産めない人」というレッテルを貼られるということでうつになりました。緩和ケアに長いことかかりましたが、最終的には「残念ながら赤ちゃんには縁がなかったけど、夫とともに次の楽しみを探します」という状況になりました。

今、私がやっていること
1.がん患者の集い
 先程話しました「がん患者の集い」。婦人科がん患者を対象に親睦・同窓会をずっと励行しています。

2.がんサロン
 がんサロンも病院につくりまして、がんと闘っている人、サーバイバーのいこいの場。ここに何とか、ボランティアとしての宗教家の参加を考えています。宗派を越えてボランティアとして参加して頂くというのを考えています。病院は新興宗教の人が入ってきて患者の所に行くということがあって取り除くのは難しいですので、宗派を越えてサポートするシステムが作れないかなと思います。

3.グリーフケア
 亡くなった場合2週間くらいに連絡してお経をあげて思い出話をすることでグリーフケアになります。常日頃みなさんやられていることですが。

4.ご臨終の場において
 患者さんのご自宅で、ご家族やご住職とともにお題目を唱えながら、お見送りすることが出来たらと思っております。これは実は1回ありました。なかなか難しいことですが、こういうことも考えています。

講演の様子
最後に
 毎年やっている「青空の会」ですが、患者さんたちの半分くらいは根治した人でありますし、1/4くらいは治療を続けている人、1/4くらいは再発した人ですが、お互い一緒に病気と闘った友人として集まるということをやっています。
以上(文責:成田)

足跡足跡足跡
  編集後記 
NVNニュース第16号をお届け致します。
今回は、平成25年度NVN総会及び総会記念講演について報告しました。
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