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日蓮宗新聞 平成22年5月20日号
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藤塚 義誠
67 
 弔 う まる4












仏壇は心の拠りどころ
 三月二十七日は「仏壇の日」。天智天皇が「諸国の家ごとに仏舎を作り、仏像、経巻を置いて礼拝供養せよ」と詔勅[しょうちょく](みことのり)を発せられたのが白鳳十四年(六八六)のこの日です。仏舎は仏をまつる厨子[ずし]であり現在の仏壇に相当します。わが国最古の仏壇は法隆寺の国宝「玉虫厨子[たまむしのずし]」。その厨子を置く一段高い所が床の間で、仏間ができてからは書画を掲げ花を置きました。庶民が仏壇を持ち位牌を祀るようになったのは江戸時代です。「仏像、経巻を置いて」とあるように仏壇の中心は御本尊。したがって位牌だけでは仏壇とはいえず位牌壇にすぎません。
 来日したカトリックの司教と仏教の高僧が宗教番組で対談しました。
 「欧米は日曜に教会で祈りを捧げる習慣があり素晴しい」と声をかけると、すかさず「日本の家庭には“スモールチャーチ”がある。いながらにして礼拝ができるでしょう」と称賛の言葉が返ってきました。このスモールチャーチ(小さな聖堂・教会)という表現は心に残りました。まさに仏壇は菩提寺の御宝前、小さな本堂」です。
 おばあさまの初彼岸のお参りで仏壇の前に座ったときです。春の彼岸はちょうど卒業式、終業式のシーズン。菓子や巣物と一緒に孫が描いた絵や工作、それに成績一覧の通知票が供えてあります。読経がすんだところで「上手に描けてるなあ、通知票も見せてよ」と言うと「ダメ!おばあちゃんに見せてるんだから」と制止されてしまいました。お供えするように教えたのは誰でしょう。お母さんでしょうか、あるいはおばあさまが孫と一緒に供えていたかもしれません。「習慣は第二の天性」といいますが、仏壇が家族の暮らしの風景に溶け込んでいます。
 仏壇給仕の心得。その基本となるものは自我偈の「常住此説法[じょうじゅうしせっぽう]」の、(釈尊は)常に此[ここ]に住して法を説くと受けとめることです。仏・菩薩も故人(ご先祖)も、そこにいらっしゃるという「在[いま]すが如き」思いで拝することが何よりも大切です。
 仏壇は家庭信行の道場であり、家族の心の拠[よ]りどころ。お題目を唱え悲喜こもごもの人生を見定め、意味づけて、困苦に打ち克つ力を養うところです。ことに家族の死別に遇っては、悲嘆と向き合い、その菩提[ぼだい]を弔う場となります。
 葬儀の情報や文化に詳しいジャーナリストの碑文谷創氏は、死別体験の日米比較調査にふれています。グリーフ(死別の悲嘆)の研究が進み、カウンセラーが充実している米国に比ベ、わが国は好ましい結果を見せており、これについて次のように論じています。
 「一つの推論として『仏壇』の存在が注目された。仏壇の前で死者と対話し、悲しみをぶつけていることがグリーフワークに役立っているのではないか、というものである。これだけで安易な結論づけをすることは危険であるが、死者を見つめ、気がねすることなく悲しみを表出する場、関係、機会が必要である」としています。
 さらに「宗教の果たす役割とは、死別の悲嘆を曖昧にするものではない。人は死の現実から逃れられないものであり、しかし、死が終わりを意味するのではなく、その中にも希望があり、この悲しみに寄り添ってくれる存在があることを、死者と具体的な遺族の悲しみに則して、明確にメッセージとして伝えることではないだろうか」と指摘しています。住職の立場から見れば、「一つの推論」ではなく、もっともなことと考えられます。
 愛する者との絆は、死によって断ち切られ、消え失せるものではありません。生者は仏壇を拝してお題目の功徳をふりむけ(回向して)、新たな関係を築いていくのです。死者は残された者の胸の内に居場所を定め、手を合わせばその面影は鮮やかによみがえります。悲しみは悲しみとして受け容れ、生き死にの境を越えて、心を結び合い、安らぎを求めていくのです。さて、お仏壇のお花は生き生きとしているでしょうか。
 (日蓮宗ビハーラネットワーク世話人、伊那谷生と死を考える会代表、
長野県大法寺住職)
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