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生老病死と向き合う あなたのそばに
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日蓮宗新聞 平成27年9月20日号
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新たなつながリ
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林 妙和
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第三者の支えで取り戻した笑顔
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「転居しました」とAさんからの挨拶が届きました。
子どもは独立、夫を看取り一人になったAさんは、足腰の元気なうちにと検討を重ね、「終活」の一つとしてサービス付き高齢者向け住宅に人居したという説明付きでした。
Aさんか5、転居後のお話を伺いました。
「初め不安はありましたが、ここは地元ですし、外出も自由で、孫にも会える。新たな人のつながりもでき、生活は充実しています」と…。
Aさんが姑を自宅で介護していた頃は、「毎日ゆとりがなく心身ともに疲れ果て、すべてを投げ出したくなった」「家族だから嫁だから当然と求められ、ストレスがたまり優しくなれないことがあった」と語り、夫の時は息子たちの勧めで施設を利用した。
「介護職員など第三者の支えもあり、お互いが穏やかに向き合え、ありがとうの言葉を交わせることができた」と目を潤ませていました。
Aさんはこの体験から、「自分の介護」について考えるようになり家族と話し合った結果、介護制度やサービスを使うことを前提に、住み替えを選択されたのです。
少子高齢化が進み、老々夫婦、独居、親と未婚の子のみの世帯が増えており、子育てと仕事の両立など介護の担い手側の抱える事情も多様化しています。
Aさんの例のように自立した生活ができるうちに「備え」をしていく人。一方で、介護が必要になってから、“費用が安く・最後まで看てくれるところであればどこでも”と、家族の都合を優先する人もいます。
高齢者を対象にしたアンケートで介護が必要になった場合、「介護を受けたい場所は自宅」と答えた人が6割を超えていました。理由は住み慣れた所で、身近な人と暮らしたい。それを実現するには「家族の介護負担が不安」と4割が答えていました。
大切なのは生活の場がどこにあっても人がつながり、その人らしくどう暮らせるかということです。
誰にも平等に訪れる老・病・死は自然の摂理です。
自分の老後、最期と向き合い、「備える」ことは、どのように生きるかを見つめることでもあります。
老後の姿をどのように見せ、伝えるか、親の大きな役割と言えるのではないでしょうか。
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(日蓮宗ビハーラ・ネットワーク世話人)
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