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日蓮宗新聞 令和2年11月20日号
「遺伝子編集」と「いのちの尊厳」
日高 隆雄

医療の進歩にともなう倫理的課題への議論が必要

 山中伸弥京都大学教授が「iPS細胞(さまざまな細胞に変化できる能力を持った細胞)」の作製で2012年、ノーベル医学・生理学賞を受賞しました。皮膚や毛髪の細胞は心臓や神経の細胞になれないというのが科学の常識でしたが、iPS細胞はそれをくつがえしたのです。
 現在、この細胞を用いた脊髄損傷、パーキンソン病、アルツハイマー病などの難病に対する研究が猛烈なスピードで進められています。そして、本年、ドイツの感染生物学研究所エマニュエル・シャルパンティエ所長と米国カリフォルニア大学のジェニファー・ダウドナ教授が「遺伝子編集」の技術でノーベル化学賞を受賞しました。2人は「クリスパー・キャスナイン」(生命の源であり、個性でもある遺伝子を切り貼りできる「ハサミ」)を開発した功績での受賞です。
 この「ハサミ」はいまや多くの分野で広く使われており、気候変動に強い作物の品種改良に貢献し、がんや遺伝病の新たな治療につながる可能性も秘めています。
 難病やがんから救われる患者が増えるのは素晴らしいことです。しかし、「遺伝子を操作してエイズにかからない赤ちゃんを誕生させた」との中国科学者の発表は世界を揺るがしました。遺伝子を「ハサミ」を用いて自分の好みに切り貼りしてノーベル賞並みの頭脳、高い身体能力と美貌を兼ね備えた赤ちゃん(デザイナーベビー)の誕生も夢物語ではなくなりました。本当にこれでいいのでしょうか。
 キュリー夫人による放射能の研究は医療分野における放射線診断・治療として我々に恩恵をもたらしました。一方で、核兵器などの軍事目的の使用は人類を滅亡の危機にもさらしています。あらたに誕生する生命の質をも操作する技術は予想外の速さで進んでいます。同時に、我々に対して「いのちの尊厳」は何かという人類の未来に関わる倫理的課題を問うています。特定の医学者、科学者だけの問題ではなく、宗教者、哲学者や一般人を含めた広い議論が必要ではないかと思いまず。
(日蓮宗ビハーラネットワーク世話人・医師)
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