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日蓮宗新聞 平成22年8月20日号
もっと身近に ビハーラ
藤塚 義誠
70 
 弔 う まる7
 このごろは、母を亡くされた方へ心のケアにと『高田敏子詩集』の「母の手」を紹介しています。
 「母の手」
 夜半目覚めて/廊下をこちらに近づいてくる/静かな母の足音を聞くことがある/それを空耳と知りながら/ふすまがなお静かに開けられて/母の手が布団をかけなおす気配を/感じている
 母の愛は/母が逝ってもなお/寒い夜の私をあたために来る/白髪の/老いた母の/細い手
 限りなくそそがれる母の慈愛を、娘また詩人の感性でとらえた一編に感動を覚えたからです。親は死してなお子を見守り育んでいます。世を去った後々までも、母の眼差しを感ずることができれば、母も子も幸せです。

























 ある生命保険会社がインタ−ネットで、ふるさとのイメージを漢字一文字で表せば何が浮かぶかと、アンケートを行いました。二万二千余りのアクセスがありその結果、全国で一位は「山」、二位が「海」、三位に「母」が入りました。地域によって多少異なり、新潟から東北、北海道は[雪]が、四国、九州は「海」がトップ。そのいずれも二位は「山」です。近畿の二府五県をまとめると「母」が二位につけており、全国どの地方も「母」が上位を占めています。ところで「父」は何番でしょうか、男親として気になるところです。新聞のアンケート記事は末尾に至って、父は五十位に入らないと記すのみで順位にふれていません。いささか落胆するところですが、子に尽くす母の情愛、その母を慕う子の思いは格別なものがあります。幼子が母を呼ぶ声のなんと多いことでしょう。ふるさとは母につながり、母はまたふるさとそのものと言って言い過ぎはありません。
 日蓮聖人にとりふるさとは「海」の一字と思われます。房総の黒潮洗う海、小湊の磯。さらに出家修学、立教開架の清澄の「山」に「母」の面影が重なったことでしょう。
 「母難日[ぼなんび]」の言葉を知ったのは数年前、辞書にあたると誕生日のことでした。中国四川[しせん]の地にあった蜀[しょく]の劉宏済[りゅうこうさい]の故事にちなみます。彼は誕生日がめぐりくると、斎戒沐浴[さいかいもくよく]し香を焚き端座して、「父憂へ母難儀ノ日ナリ」と双親への思いを新たにしました。斎戒は飲食、行動をつつしみ心身を清めること、沐は髪を、浴は体を洗う意味。香が薫る静寂に身を置き母を思い、ひとり座る男を心に浮かべてみたいものです。
 日蓮聖人も母への思いが一入[ひとしお]深かったことがうかがわれます。「慈父[じふ]をば天に譬[たと]え悲母[ひも]をば大地に譬えたり。いずれもわけがたし。その中、悲母の大恩ことに報じがたし」(千日尼御前御返事)とあります。また「父母の御恩は今初めて事あらたに申すべきに候わねども母の御恩の事、殊に心肝[しんかん]に染[し]みて貴く覚え侯」(刑部左衛門尉[ぎょうぶざえもんのじょう]女房御返事)と、懐妊中から出産の苦しみ、また授乳、養育の心労について実に詳しく述べています。
 倫理、道徳では後生(死後)を救うことができません。日蓮聖人は開目抄において外典[げでん](仏道以外の教え)は現世の孝を説くのみで、父母の後世を扶[たす]ける道がないと示し、さらに「現在をやしないて後生をたすけがたし。身をやしない魂をたすけず(中略)但[ただ]法華経計[ばか]りこそ女人成仏、悲母の恩を報ずる実[まこと]の報恩経にては侯」(千日尼御前御返事)と述べています。法華経・お題目による弔い(供養)は母(女人)の成仏を証するものです。
 日蓮聖人にしてなお「父母の孝養心に足らず」のお言葉です。父母、わけても母の恩恵に報じ、追孝のお題目を届けたいものです。母の悦びの声が聞こえるまで、お唱えしようではありませんか。
 癒しはひとときの効果を与えるにすぎません。法華経の教えがもたらすものは、真の安心であり救いです。お題目に出会えたことは有難い限りというほかはありません。
 (日蓮宗ビハーラネットワーク世話人、伊那谷生と死を考える会代表、
長野県大法寺住職)
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